大阪地方裁判所 昭和37年(ヨ)3382号 決定
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〔事実と判旨〕申請人(大和通商株式会社)は、名称素麺を馬締形状の鶏絲麺に加工する方法・出願昭和三三年一一月二七日・公告同三五年九月二一日・登録同三八年四月二〇日・登録番号第三〇八一一二号なる特許権を有し、その特許登録請求の範囲は、「素麺を短時間蒸気にあててこれを均等に軟化せしめて馬蹄形状に変形し、ついでこれを乾燥するかまたは乾燥せずして、適量の馬蹄麺面体を金網箱の中に収納し、これを動物油としては豚の生油または植物油のいずれか一種を摂氏五〇度内外の温度に加熱し、常時この温度を保持せしめたる環状の罐内に容れ、密閉せる後、この罐を徐々に廻転し、その廻転運動によつて罐の中の油体に作動作用を与え、これが作用によつて金網箱の揺動を促がして油中にある馬蹄形の麺に疎開作用を惹起せしめ、この麺の疎開時を利用して、個々の麺体の中に油の浸透と油による煮揚げをおこない、更にこれを日陰乾燥を施すことを特徴とするところの素麺を馬蹄形状の鶏絲麺に加工する方法」である。
被申請人(日清食品株式会社)は、(イ)名称即席ラーメンの製造法、出願昭和三十四年一月二二日・公告同三五年一一月一六日・登録同三七年六月一二日・登録番号第二九九五二四号、(ロ)名称味付乾麺の製法、出願昭和三三年一二月一八日・公告同三五年一一月一六日・登録同三七年六月一二日・登録番号第二九九五二五号なる二つの特許権を有し、次の各工程を順次結合した方法で即席ラーメンを製造している。(1)小麦粉に鶏卵・ゴマ油・ビタミン類・動物性混合調味料を加えた原料をミキサーで混合する、(2)右混合した原料を製麺機で麺に成型する、(3)右成型麺を蒸気で蒸茹する、(4)蒸茹した麺を濃縮調味原液に侵して右原液を充分に吸収させる、(5)右原液を吸収した蒸茹済麺を温熱予備乾燥器で乾燥する、(6)右乾燥した麺を定量づつ一定の区画された金網箱の中に収納する、(7)右麺を収納した金網箱を高温動植物油を入れた油釜の中を自動的に一定の速度で通過せしめ、その間に金網箱の中に浸透してきた高熱油によつて個々の麺体中に油の浸透と油による煮揚をおこなう、(8)右煮揚げした麺を金網箱よりとりだして油をきり、冷却乾燥する、(9)右により一定の形状による味付鶏絲麺(即席ラーメン)に加工する、以上である。
しかるに、申請人は、被申請人の右製造方法は申請人の前記特許権と比較するとき、素麺に多小の味つけをすること、蒸茹済麺に濃縮液を吸収させて更に味つけをすることの二点を除いては味付素麺を蒸茹して軟化させること、蒸茹済麺を乾燥させること、乾燥麺を適量づつ金網製の型に収納すること、収納した麺を型とともに高温油で煮揚げすること、煮揚済麺を冷却乾燥させることの各作用効果の点は、申請人の前記特許発明の作用効果と同一であるから、被申請人の製造方法は申請人の右特許発明の技術的範囲に属するのである、と主張して、「被申請人は、素麺を短時間蒸気にあててこれを均等に軟化せしめて、これを乾燥しまたは乾燥せずして、適量づつ金網箱の中に収納し、これを動・植物油に容れ、油体に作動作用を与えて個々の麺体の中に油の浸透と油による油揚げをおこなう方法を用いて、即席ラーメンを製造、販売または領布してはならない。被申請人の即席ラーメン製造に供すべき金網箱またはこれに類する即席ラーメンに一定の型を与えるため、煮揚げの際に原料を容れる容器一切に対する被申請人の占有を解いて、申請人の委任する大阪地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。この場合執行吏は、右保管にかかる物件について、封印その他の適当な方法をとり被申請人に使用させてはならない。」との仮処分命令を申請した。
裁判所は申請人の申請を却下し、要旨次のとおり判示した。
「申請人の本件特許発明の必須要件は(1)蒸気にあてて軟化させた麺を馬蹄形状に変形して金網箱に収納すること、(2)右形状を維持した麺を、とくに常時摂氏五〇度内外の温度に加熱した動植物油にいれ、麺に油を浸透させるとともにいわゆる油揚げをおこなうこと、(3)右の温度で右の油揚げ処理を一層効果あらしめるために、油液に比較的強い揺動を与えるとともに、麺をいれた金網をも揺動させること、(4)揺動により馬蹄形状の麺に疎開作用を惹起させ、右疎開時を利用して油の浸透と煮揚げの完全を期すること、(5)油処理済の麺を日陰乾燥し、その形状を馬蹄形状に固定化すること、(6)右を一連の経時的工程としておこなうこと、であると一応みられる。そして右経時的な工程を終る本件特許発明の作用効果は、油処理を施す前の馬蹄形という形状的に限定された処理麺を、その最終工程にいたるまで、能動的には作業を誘致しやすく、受動的には油の浸透を容易にし、かつ容れものに容れやすい特徴をもつその形状を保持させて、しかも右形状の保持と麺に対する油浴処理との両目的を同時に達するため、油の温度を特に摂氏五〇度内外に制限して、麺体に対する油の浸透を徐々におこない、かつ、油自体の粘着力を最大限に発揮させて麺体の油浴中の型くずれを防ぎ、乾燥後の麺の硬直化を防ぐこと、さらに金網箱を用い、また油液に揺動作用を与えることは、右の制限温度下での麺の型くずれを防ぎつつ、油の浸透の完璧を期しうることであることが、一応認められうる。
そこで右に述べた本件特許の要件・作用効果と、被申請人の即席ラーメン製造方法とを、比較検討すると、両者は方法および作用効果において明確に相違するものといわざるをえない。すなわち、申請人の本件特許発明の工程においては、馬蹄形状の麺を常時摂氏五〇度内外の動植物油液にいれ、右の特殊恒温下で、馬蹄形状の維持と麺に対する油の浸透をおこなうために、金網中の麺と油体の双方に揺動作用をおこして麺に疎開作用を惹超させ、油の浸透と煮揚げをおこなつているのに対し、被申請人の本件製造方法においては、濃縮調味原液で味付加工した非馬蹄形状の麺を、高温動植物油をいれた油釜の中を自動的に一定の速度で通過させ、その間に金網箱の中に浸透してきた高熱油によつて、瞬間的に個々の麺体中に油の浸透と油による煮揚げをおこなうのであつて、この両者の間には、油処理の際の温度、煮揚げの持続時間および油液、麺の揺動作用の有無という、麺に対する油の浸透と油による煮揚げ方法上顕著な相違点がみられる。したがつて、前者の方法によるときは、一般の油揚げ処理と異つて、摂氏五〇度という油自体の粘着力を最大限に発揮できる油液中で、比較的ゆつくりと、しかも揺動時の麺の疎開作用を利用して麺に対する油の浸透と油煮揚げをおこない、乾燥の容易でかつ乾燥後の硬直化を防ぎうる馬蹄形状の麺を得られるのに対し、後者の方法では、食用に際しなんら味つけする必要のないように調味料をおりこんだ処理麺を、高温油で瞬間的に煮揚げすることにより、麺の変色、調味液の流出を防ぎ、かつ、処理麺中のベーター澱粉をアルフア澱粉化し、麺に含まれる水分の瞬間蒸発を得られることになる。申請人は、その特許発明の方法で、処理麺中の澱粉のアルフア化が可能であると主張するが、摂氏五〇度では穀類澱粉のアルフア化ができないことは疎乙八号証に照らして明らかである。
なお、申請人は、本件特許請求の範囲に記載されてある「摂氏五〇度内外」の語意を「高温」と解そうとするもののごとくであるが、本件特許発明は、油液温度を摂氏五〇度と限定し、右特殊条件下で油液の浸透と煮揚げをおこなうために油液、麺の揺動作用をあたえるという方法をとる点に新規性を認められたものであつて、このことは、本件特許の詳細なる説明、本件発明の性質および目的、一旦は拒絶査定をうけたが、のち再審決をうけた経緯等より明らかであり、したがつて、右五〇度という数値的条件は発明の技術的範囲を決定する必須条件といわざるをえず、右数値を恣意的に増減して特許権の範囲を拡張することは許されない。またこのような発明の重要な構成要件となるべき要素の記載につき単純な誤記として変更解釈することは、特許庁における訂正審判を経ないかぎり認められない。
以上を要するに、この両者は、方法および作用効果において重大な相違があり均等性を欠くものといわざるをえない。したがつて、被申請人の本件方法は、本件特許発明の必須条件を欠くことになり、さらに他の点を比較するまでもなく右特許発明の技術的範囲には属しないものというべく、本件にあらわれた全資料によるも、右一応の判断を左右するにたらない。」